佐賀に行ってからもう一月が経つ。
いまもまだその余韻の中にいるような気がするくらいには、時折思い出す。
地元が福岡ということもあるせいかもしれない。
正直、大人になってから佐賀に対する思い入れというか、思い出はほとんどないけれど、子どもの時分には出かける先がなぜか佐賀が多かった気がする。
また改めて行くのもいいだろうという気になった。
平野啓一郎『文学は何の役に立つのか』を読んでいる。
ときどき、「分人」に関する記述が出てくる。
「分人」に関する文章を読むとき、なぜか決まって山口県防府市のことが思い起こされる。
理由はよくわからないが、必ず防府市が現れる。
おそらく、『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を読んだのが防府市だったのかもしれないと予想はできるのだが、記憶が定かではない。
防府の記憶が別の防府の記憶を呼び、防府に関する記憶とイメージが渾然一体となってしまう。
不思議なものだ。
これは余談になるんですが、ドストエフスキーは、単に一つの思想を信奉するだけではなくて、生活スタイルを含めて全ての行動がある思想と一体化している人物を描くのが非常に上手で、それはちょっとした身振りとか、いろいろなことに表現されています。
平野啓一郎『文学は何の役に立つのか』(岩波書店)より
閉店後、週末の読の市の準備をする。
搬入が前々日ということで、今回は荷物を送ることにした。
それにしても前々日とは。
遠方からの参加にやさしくないスケジュールではないか。
せめて前日であれば前ノリでいけるが、一日空くのはさすがに宿泊の都合もあるし、厳しいだろう。
しょうがないので、宅配便を使うことに。
車以外での搬入は初めてなので、これもひとつの経験と思うことで自分を納得させる。


