子どもたちの夏休みが終わって、家が静かだ。
さっそく麦茶の減りも遅い。
ただ制服の分、洗濯物は少し増える。
なんといってもお昼を用意しなくていいのはいいだろう。
だろうというのは妻にとってという意味だけれど。
給食はすばらしいシステムだ。
発明だ。
雨。
本からの一節を書いている看板が濡れないように屋根の下へ移動させた。
通り雨だったようで、しばらくすると雨は上がった。
自分、自分の意識というもの、そして世界というものが、焦点を外れて泳ぎ出して行くような気持に自分は捕らえられた。笑っていてもかまわない。誰か見てはいなかったかしらと二度目にあたりを見廻したときの寂寥とした淋しさを自分は思い出した。
梶井基次郎「路上」(『檸檬』新潮文庫)より
読んでいるうちにうとうとしていた。
お客さんがドアを開けた音ではっと目覚めた。
ごまかすように「こんにちは」と言ったみたがバレていただろうか。


